昔発行した同人誌(小説)ですが、おそらく今後頒布の機会がないので再録します。

当時本誌できっと大団円になるんだと思い込んでいた『SX』最終回を読んで、こっ…これが補完妄想せずにいられるかーーーっ! と白凰の4年間のことばかり考えていてできた『SX』最終回補完妄想です。

・白凰の絶望と再生を描いてある感じなのでしばらくわりと暗いです

・原作無印〜『SX』まで読んでいないと多分さっぱりわからない内容になっていると思います

・原作のラストシーンは4年後か5年後かわからなかったのですが、ひとまず4年後という設定

・最終回直前に別コロに掲載された白凰と黒城の読み切りとはパラレルですすみません

・『SX』単行本最終巻が出る前に書いたものなので単行本書き下ろし分をカバーしてない…

・『V』以降のエピソードももちろんカバーしてない…
後から追加エピソードがくるまえにやってしまえ!と勢いで書いたものでした



※以下の本文の内容はpixivにも投稿しています。シブで読むほうがいい場合はどうぞ。

pixivの該当ページへ

……あと、久しぶりに読んでみたら読点が多すぎたので減らしました(^^;)
誤字も気づいた範囲で訂正しました。






* * *






『捏造SX The After』





激しい雨のなか、宙に浮かんで自宅を上空から見下ろしている自分に、白凰は気づいた。
雨は白凰を濡らすことなくすり抜けて、地上へ降り注いでいく。

『人は死ぬと天国に行く』

生きている者にそれを確かめる術はない。
しかしそれは作り話なんかではなく真実なのだということを、ぼくは知っている。
おかしな話だけど、ぼくは今までに何度か死を経験している。
死ぬたびに「そうだった、人は死んだら本当に天国に行くのだった」、と思う。
でも生き返るとまた忘れてしまう。
そしてまた死んだときに思い出す。
死んだときに体験したことは何一つ現世に持って帰れない。
今また自分は脳天から伸びるか細い糸だけでおそらく邸の中の自分の身体とつながった、不安定な状態で空に浮かんでいる。 何故だかまた死にかけているらしい。
今まではここまでしか来たことがない。その先は知らない。
厚く暗いこの雲を越えて星を越えて、限界まで上昇したらこの糸が切れて、きっともう誰に呼ばれても戻れなくなるんだろう。
それでもいいかな、と白凰はぼんやりと思った。
このまま天国に行ってしまえば母さんに会える。
……勝舞くんも、いるかもしれない。

でも…
迷いがさざなみのように白凰の心を揺らした。
勝舞くんが本当に死んでしまったのかどうかわからない。 ぼくはこうして何度も死んでは戻っているのに、ぼくがWとして殺してしまった勝舞くんのお父さん――勝利さんも生きていてくれたのに、勝舞くんだけがおしまいだなんて、そんなことがあるだろうか?

そう思ったら身体と繋がった糸が急に縮まり、引き寄せられた。
死が自分から遠ざかっていく。
今思い出したこと、考えたことは、目が覚めたらまた忘れてしまうだろう…


*


「白凰さま!!!」

可愛い顔を涙でぐしゃぐしゃにしたミミくんがぼくを覗き込んでいるのがかすんで見えた。
ゴブリンも三国くんも愛善くんも、みんな泣いてる。
母さんが亡くなった時や、バトルアリーナの時を思い出す。あの時もぼくは天井と泣き顔を見ていた。
「…もう大丈夫じゃ」
息をついて額の汗を拭い、ドクター・ルートが言う。
「白ちゃん、君は肺炎を起こしてあの日から眠ったままじゃったんじゃよ」

あの日。
勝舞くんの『お葬式』のあった日。

どしゃ降りの雨のなか傘も差さず、濡れたまま暖もとらなかったうえ、強烈なストレスに圧し潰されて、 白凰はセレモニーの翌日から急激に体調を崩しずっと寝込んでいたという。
「白凰さま…白凰さままでいなくなったらわたし…わたし…」
ミミくんがベッドに突っ伏した。
息が苦しい。声も出ない。
でも、声が出なくてよかったかもしれない。喋れたなら「どうせならこのまま死んでしまえばよかったのに」と言ってしまいそうだった。
勝舞くんが本当に死んだと言うなら、ぼくも勝舞くんのところへ行ってしまいたかった。
何度もぼくを助けてくれた勝舞くんがどうして死んで、いつも助けてもらうばかりだったぼくがどうして今も生きてるんだろう。
勝舞くんが生きていてくれるなら、ぼくの命なんかいくらでもあげてよかった。
それなのに。
声は出ないのに涙はどんどん溢れて流れていった。
息ができない。
苦しくても止まらない。
ぼくの体調を気遣ってくれてみんな部屋から出て行った。それが本当にありがたく、ホッとした。
今は誰ともいっしょにいたくない。何も聞きたくない。
ドクター・ルートが点滴に何か加えて、白凰は眠りに落ちた。



体調が戻ったあとも白凰はぼぅっとしたままだった。
どんなに格下の相手に対しても誠実な決闘をしてきた白凰が、今は誰と決闘していてもまるで上の空だった。
神殿に顔を出す機会も減っていった。

決闘をする気になれない。
決闘をしないと他に何もすることがない。する気も起きない。
今日も学校から帰ると自室の窓辺に頬づえをつき、流れる雲をぼんやりと眺めながら白凰は思った。
こんなことは初めてだ。
どんなにつらいことが起きても怖い目に遭っても、母さんが死んだ時だって、牛次郎くんや『神殿』出身者から糾弾され断罪された時だって、決闘をやめようとは思わなかった。
悩みも苦しみも、ぼくの世界は『決闘する』という前提のもとに成り立っていた。
今は決闘がとてもつまらない。
誰と決闘していてもちっとも面白くない。
今までぼくは一体どうしてあんなに決闘にのめり込んでいたのだろう。
今まで当たり前だったことがまったく思い出せない。

ベッドの横のサイドテーブルに小さな古い箱が置かれている。
白凰が眠っている間に勝舞の母がくれたらしい。

「白凰くんにもらってほしいの」

手にとらなくてもそれが何かわかった。
ケースの中には、勝舞がザキラとの決戦に使った、――昔白凰と勝舞で初めていっしょにつくったデッキが入っている。

改造を施してあるとはいえ基は火文明を守護する切札家の家宝のはずなのに、他文明の守護者であるぼくに渡していいのだろうか、と白凰は思う。
まあ、それを言うと白凰家が護っていた光のデッキはザキラに奪われ、今も行方不明になったままだが。
取り戻そうと思ったこともないが、それでもぼくは今も、決闘なんかやめようかと考えている今でも『白凰』だ。
そんなものなのかもしれない。
「ねぇ。ボルフェウス・ヘヴン。君の本当のパートナーはどこに行ってしまったの? こんなところになんかいずに早く帰りなよ」
手にとって呼びかけてもデッキケースはうんともすんとも言わない。
やめようかと思っている者に応えてくれるわけがない、か。
なんだかとても眠い。
夜にもならないうちにベッドに入り、デッキケースを持ったまま白凰は目を閉じた。



『おい』

眠りと覚醒のはざまで、誰かが白凰に呼びかける。
『おい』
呼ばれて眼を開けると、闇の中でそこだけスポットを当てられたように薄暗く浮かび上がる、テーブルと、それを挟んでソファがふたつ置かれているだけのせまい部屋にいた。
テーブルの上には食べかけの煎餅の袋とカードが散らかり、ひとつのソファには白凰、向かいのソファにはWが座っていた。
白凰の肉体が睡眠か催眠の状態にあるときに白凰かWのどちらか一方だけでも望めばふたりはここで会うことになっている。
「お前、やる気ねぇならオレと代われよ」
Wが忌々しげに煎餅を噛み砕いた。
ここで会うたびに思うが、彼は飲み物も飲まずによく煎餅ばかり食べ続けていられるものだ。
見ている白凰の方が喉が渇いてきた。
そう思うと白凰の前のテーブルに音もなく瀟洒なゴブレットが出現した。中身は冷えた煎茶だった。
「悪くないかもしれないね。すごく疲れているんだ」
「自分が世界で一番不幸だって感じだな」
「そう見えるかい?よくわからないよ」
自分では不幸だと思っているつもりはないが、周りの腫れ物に触るような扱いを思うと、やはりそのように見えるのだろうか。
Wに肉体の主導権を渡して、彼の気が向いたときだけ白凰が外に出る、というのは魅力的なことに思えた。
「でも、心配だな。キミは乱暴だから。むやみにものを壊したり、」
「『人を傷つけたりするのはダメ』なんだろ。もう聞き飽きたっつーの」
「大事なことなんだ。いいよ、君が出なよ。ただし、君が乱暴なことをしでかしたら、無理やりにでも身体は返してもらう」
「へーへー。じゃああばよ」
共有スペースからWの姿が消えた。


Wは少しでも長く外に出ていたいのだろう、意外にちゃんと白凰との約束を守っている。
短気で怒りっぽい彼だが、苛立っても堪えて、人や物にぶつけたりしない努力をしているようだ。 堪えきれない分が自室を荒らしていたが、許容範囲だろう。 白凰やW自身の持ち物を乱暴に扱った直後、ハッと白凰の気配を気にしている風なWがちょっと面白かった。
もうずっと、彼に主導権を渡したままでもいいんじゃないかと思った。

眠っている間に夢を見た。
主人格をWに渡してからずっと眠っているようなものだが、それでも夢を見た。

暗闇のなか、自分よりも数歩先で、勝舞がこちらを振り返っている。

「勝舞くん……っ!」

会いたかった、久しぶりに見たその姿に胸が張り裂けそうに苦しい。
思いのまま駆け出したいのに、足がまったく動かない。涙だけが次々に溢れる。

勝舞はすべてを包み込むような表情で、悲しそうに微笑った。

「決闘しないのか?白凰」

「だって……君がいないと、君とじゃないと全然つまらないんだよ。勝舞くん」

いつだって、白凰は心の中に広がる光景――はるか雲の上までのびる『栄光の階段』の頂点を目指してきた。
勝舞と友だちになる前から。
誰がいてもいなくても、それは白凰にとって不変の宿命のはずだった。
それなのに、勝舞がいない決闘は、世界は、まるで現実感がなかった。
勝舞以上に強い決闘者など世界中にいくらでもいるだろう。しかしそれを思っても心が湧かない。
それらを何人倒してももう何の意味もないような気がする。

「いつかまた決闘できるさ。白凰」
勝舞が言う。

「今はちょっと…無理なんだけど、オレ、ぜったいに戻ってくるからさ」
「弱っちくなって、そん時にオレをガッカリさせないでくれよな、白凰」

そう言い残して勝舞は歩き出し、闇の中へ消えていった。

待って、勝舞くん!

「勝舞くんっ!」
「おわっ」
はっと瞼を開けると、共有スペースにWがいた。
「びっくりさせんなよ!」
「あ……、」
ただの夢だったのか。落胆した。
「ゴメ……というか、どうしてここに?」
「もうイヤだ」
「えっ?」
Wは盛大な溜息を荒く吐きながらソファにどかっと腰を下ろし、舌打ちした。
「ゴブリンのジジィやミミはいちいちうっとうしいし、しかもW(オレ)だってことがわかるとルートのジジィと結託してオレを追いかけ回して催眠術かけようとすんだぜ。オレ何もしてないのに!!」
思い出したらさらに腹が立ってきたのだろう。怒りに瞳を燃やし、眉を吊り上げた。
「……それは本当に大変だったね…」
憤慨したWの愚痴は続く。
「おまけにせっかく好きなとこ行けて思いっきり決闘できるのに誰とやっても弱ぇ。 つまんねーー!ここでお前と決闘やってるほうがよっぽど面白かったっつーの!」
怒りながら煎餅の袋を開けている。今日は見たこともない塩煎餅だった。
「あ〜あ!また勝舞と決闘してぇなあ!」
ぼやいて煎餅を一枚噛み砕いてやっと人心地ついたらしいWが溜息を吐きながら当たり前のように言う。
「……そうだね。本当に、そうだね」

『勝舞とまた決闘したい』

Wは何の気もなしに言ったことだろうが、そんな素直でシンプルな、唯一の希望さえ、白凰はあれ以来初めて口に出した気がした。
「っつか白凰、お前今すぐオレと決闘しろよ。ザコばっか相手にしちまってすっかりしらけた。口直しだ」
言うなりWがデッキを取り出した。デッキは手と一緒に光った。
実体化したシールドが浮かび上がる。
決闘を始めると心得ているように部屋の面積が増える。Wの背後の、決闘には邪魔なソファが消えた。

決闘しないのか?白凰。

先ほどの夢の中の勝舞が白凰に問いかける。
あれは白凰の願望が見せた夢にすぎないのだろうか。それとも…
「……、」
一抹のためらいがあったが、白凰もデッキを出した。
『真の決闘者』の輝きがほとばしり、ソファが消え、シールドが実体化する。
主人格に出ていた間に新しく仕入れたのかWは覚醒クリーチャーまで用意していた。対する白凰の手の中のカードは…
「…!」
勝舞の母――切札舞に託されたあのデッキだった。勝舞がザキラと闘ったときに使った、ふたりでつくったデッキ。
「腑抜けてっとぶっ飛ばしてやっからな!」
凶悪で苛烈な笑顔を満面に浮かべて本当に楽しそうにWが攻めてきた。
手ごわい。
Wが心底楽しんで組んだデッキだとわかる。対して白凰の手の中のこのデッキは、Wのデッキとは相性が悪い。
でも…このデッキで、負けるわけにはいかないじゃないか。

負けないよ。だからぼくに力を貸してくれ。

思考をフル回転させて戦略を練る。
Wの隙を見逃さず、戦術を駆使する。
久々に白凰は目の前の決闘のことだけを考えていた。
今日のWのデッキは相手の行動を阻むクリーチャーが多い。
幾重もの制限の中で、間隙を縫ってようやく切り札を出せる状況に持ち込んだ。

「――進化ヴォルテックス。『超聖竜ボルフェウス・ヘヴン』!」

炎と純白、二対のまばゆい翼をはばたかせ、火文明と光文明の結晶、ボルフェウス・ヘヴンが飛翔した。
炎の羽根が舞い散り、白凰の髪を揺らす。

どうだ白凰このクリーチャー!超カッコいいだろ!

「…!」
勝舞の声が聞こえる気がした。
ボルフェウス・ヘヴンの能力で強力な呪文が発動した。
白凰の攻めの手を制限していた厄介なクリーチャーがWのバトル・ゾーンを離れ、決定的な隙ができた。
「――とどめ!」
「っ!」
最後の一撃は幻のようにWの脇をすり抜けて消えた。

やったな!熱い決闘だったぜ。やっぱり白凰はこうでなくっちゃ
勝舞の楽しそうな声がまた聞こえる。

「…ちっくしょう!」
心得たように再び出現したソファにWが身体を投げ出した。
「あーーーっ負けたっ!勝つつもりだったのに!」
「……」
「なっ、なんだお前。勝ったのに何泣いてんだ」
白凰の白い滑らかな頬を涙が幾筋も伝い、人の泣き顔など大嫌いなWが大きな瞳をぎょっと見開いた。
「……ううん。楽しい決闘だったなと、思って」

ぼくに力を貸してくれたの?。勝舞くん。
夢の中の勝舞の言葉を思い出す。

『今はちょっと…無理なんだけど、オレ、ぜったいに戻ってくるからさ』

あれはただの夢ではなく、白凰が腑抜けたことを知って喝を入れに来てくれたのだろうか。
夢の中の勝舞は『決闘者』として白凰を惜しむことばかり言っていた。それはあまりにも勝舞らしかった。

勝舞くんは『証』の力でぼくを二度も生き返らせてくれた。
なのに、その勝舞くん自身は死んでしまったなんて、道理に合わないじゃないか。

どんなに否定しても『勝舞くんは死んだ』ということが事実として白凰に浸透していくその芯の部分で、その根拠が勝舞は死んでいないという可能性を、デッキケースだけが納められた柩なんかよりも白凰に信じさせた。
この気持ちを誰にも証明できない。説明もできない。
ぼくだけが知っている。誰と共有できなくてもいい。

そうだね勝舞くん。
いつか、君が帰ってきた時に、ちゃんと君の最高のライバルでいられるように。
「もう決闘をやめようなんて思わないよ。ぼくはもう一度、『最強』の決闘者を目指す」
「あ?最強の決闘者になるのはオレだ」
Wが言う。
「そう。君もライバルだ。…ありがとう、W。ぼくそろそろ戻るよ。また決闘しよう」
「あ?おお。次はぜってー負けねぇ!」


*


白凰の様子がおかしい。

体調が戻って以来ほとんど邸に篭ったままで、やっと出てきたと思ったら、Wだった。
『お葬式』で白凰が見せた激情が、危篤状態から目を覚ました白凰の泣き顔が忘れられない。
白凰にとって勝舞の存在がどれほど大きいか。
一端でもそれを知っているミミは心の底から心配していた。

そうしたら、Wになっていた。
いつもと違うスタイルでタイを結んで、長い髪を解いて、白凰の顔で猟奇的に笑う姿にミミは血の凍る思いだった。
「は、白、凰さま……」
美貌の少年は蔑むような目でミミを見、不快そうに吐息した。
「ったく、何度言えばわかるんだよお前。オレは白凰じゃない。ホ ワ イ ト だ!」
「白凰さまは…どうしたの…」
「疲れて外に出たくないんだと」
めんどくさそうに『ここだ』と示すようにWが自分の胸を叩く。
「ひさびさに外に出られて気分がいい。お前とも決闘してやる。デッキを出せよ、黄昏ミミ」
取り出したデッキが輝き、白凰なら絶対にしない顔でWが笑うのを照らした。
ミミの足から力が抜け、その場にへたり込んだ。
ミミが決闘する気がないことを悟ったのか、Wはつまらなそうに舌打ちし、どこかに行ってしまった。
追いかける気力はなかった。

『疲れて外に出たくないんだと』

暗闇の中に取り残された気分だった。

どうにかなってしまいそうなほど心配したミミをよそに、次に顔を合わせた彼は、ミミの愛する白凰だった。
「心配をかけてごめんね」
穏やかに苦笑する彼を見て、とうとうミミの瞳から大粒の涙がこぼれた。
白凰が困っている。
わかっているのにもうどうにもならない。

残酷な運命が次々と白凰に降りかかり彼を傷つけるたびにミミは、今度こそ彼を守りたいと思う。
しかし結局白凰はいつでも、ミミの力ではどうにもならないことのために、ミミの切願をすり抜けて行ってしまう。
壊れかけたまま、今度もきっとまたミミの手の届かないところへ行ってしまう。

白凰はどうなってしまうのだろう。

どうすればいいのかわからない。どうしようもない。

泣きじゃくるミミに触れようとして、白凰はその手を下ろした。
「ごめんね」、と、もう一度白凰が言った。

今まで何度、ミミは白凰に謝られただろう。
今回の「ごめん」は永遠の別れの言葉に聞こえた。

助けて。
戻ってきて白凰さまを助けて、勝舞くん…



それから白凰は、少なくとも人目に触れるところでWに変わることもなく、以前と変わらず優しげなままだった。
しかし何かが変わった。
彼は猛然と大会に参加するようになった。
神殿のことはゴブリン、三国、愛善に預けっぱなしで講師をすることもなくなり、大会以外で決闘することがなくなった。
自然、仲間とは疎遠になっていった。
学校にいる時と大会に参加している時以外は邸に篭ったきり、白凰が何をしているのか誰も、ゴブリンさえも知らなかった。




       *




『お前のは守りばっかでおもしろくない!考えすぎ!』

勝舞の声が今でも耳に蘇る。
『使いづらい!』とお互いのデッキの欠点を言い合って、お互いさっさと自分好みに改造してしまったことを思い出して、ほろ苦く笑みがこぼれた。
今白凰の手の中にあるのはあの時、南極に行く直前に勝舞とお互いの切り札を出し合ってつくった『友情デッキ』。
今となってはもう時代遅れの、古いカードばかりのデッキ。
このデッキを使えば火のクリーチャーを召喚するたびに勝舞といっしょに闘っている気がして楽しかった。
勝舞の母、切札舞から託されたあのデッキはもう使わない。
あれはいつか再会したときに勝舞に返す。そのために預かっただけのものだ。
より勝舞を感じられるように、デッキの構成は改造前の……勝舞といっしょにつくったままの状態に戻した。
今日は大会で初めてこの改造前の友情デッキを使う。
「どんなに使いづらいデッキでも勝ってみせるさ」
勝舞の『お葬式』以来、このデッキを使うと周りの人はきまって顔色を変えた。
たしかに数ある中からこのデッキをふたたび手にとったのは勝舞くんが恋しかったから。
でも今は感傷で使ってるわけじゃない。
改造してないこのデッキでも楽々勝てるくらい強くならなくちゃ、つまんないだろ?君が帰ってきたときに。
「さあ、行こうか」
勝舞との思いの詰まったデッキに微笑みかけ、白凰は大会予選へと向かった。

『孤高の決闘者』
白凰を、最近ではそのように呼ぶ者もいる。
めぼしい大会には必ず姿を現し、出場すれば他の追随を許さない圧倒的な実力で優勝をさらっていく。
すべてを決闘に懸けるかのような白凰の姿は、魂の光を反射しているかのように壮絶に美しく輝いていた。
生来のカリスマ性はいまや頂点に達し、その輝きに惹かれる者は増える一方だったが、白凰は誰にも応えずあくまで独りでいることを好んだ。 その潔癖なまでの孤高さがますます崇拝の対象になった。
人嫌いなわけではない。かつての神殿のころのような冷たい拒絶ではない。白凰の優しい雰囲気に変わりはない。
しかし、近寄れない。
触れてはいけない。そう感じさせるなにかが、今の白凰を取り巻いていた。



「高校?行かないつもりだけど」

高校進学よりも決闘がしたかったから、中学三年生の半ばごろ進路について訊いてきたゴブリンにそう言った。
中学までの勉強は頭に入っているし、それ以上は必要なら学校に行かなくても自分で勉強すればいいと思っていた。
ジュニアではなく一般の大会に参加していたから入賞したときには賞金が出た。
貯めた分は世界に出るくらいの資金にはなるし、行った先の大会で勝てばまた賞金が入る。

そういうつもりだったのだけど、言ったらゴブリンに泣かれた。
自分の常識が世の中と一致していない自覚はもうあったし、そのことでゴブリンにずっと迷惑や心配をかけていることも知っているし、ゴブリンはこういうときに必ず母さんのことを持ち出すので、僕は降参するしかない。

そういうわけで僕は高校生になった。
留年したら面倒だから出席日数と定期テストに気をつけて、あとはなるべく決闘していた。外国の大会にも出られるだけ出た。
スペインの大会に出たときに黒城君と再会した。
あの時以来だ。彼はあまり公式戦に出ないようなイメージだったから少し意外だった。
エスメラルダさんたち手ごわい決闘者がたくさん参加していたが、当然のように僕と彼の決勝戦になった。
大事な局面で僕が召喚した火のドラゴンを見て、予想通り黒城君の額に青筋が走った。彼はいつも怒る。
「てめえが火文明のドラゴンだと?ふざけるな白凰!!」
もちろん僕は冗談でデッキに火文明のカードを入れているわけではない。
今日のデッキも真剣に考えて構築したつもりだ――毎回勝舞くんが好きそうだと思うカードを選んでデッキを考えているというのは否定できないが。
火文明のカードはお守りのようなもので、もちろん勝舞くんへの気持ちがこもっていて、手札に来れば勝舞くんの化身のように感じた。
それに気づいているから黒城君はこんなに怒っているのだ。
勝舞くんのために。『らしくない白凰』に。
けど、デッキと僕らしさについて僕を非難していいのは勝舞くんと、僕に勝った者だけ。
「ふざけているかどうか…確かめるといいよ」

優勝杯は僕のものになった。
黒城君は何か言いたそうにしていたけれど、結局白熊を連れて行ってしまった。僕も別に興味がなかった。



それからも白凰は世界中、大会があると知ると可能な限り参加した。
決闘をやめようと考えて、そこからふたたび前進を決意した時、その後しばらくは大会でも勝ったり負けたりを繰り返していた。
繰り返すうちにいつの間にか負けることが減った。
世界中の大会に参加し続けて、大会には出ない強い決闘者の噂を聞けば可能な限りどこにでも出かけて行ったが、最後に負けたのがいつだったか思い出せない程度に、白凰は勝ち続けた。子どもにも大人にも負けなかった。

幼いころ決闘を覚えたばかりで初めて大会に優勝した時には『新星』などと言われたものだった。
人々は白凰のことをその時その時によって好き勝手に渾名した。
他の渾名を持つ決闘者ともたくさん闘ったが、必ず勝った。
正式ではないが事実上の世界大会で優勝し、勝ち続け、気がつけばいつの間にか白凰の渾名は『最強の決闘者』に定着していた。
いつからか大きな大会の本戦はだいたいお決まりの顔ぶれになり、『打倒・白凰』を掲げて挑んでくる連中ばかりになった。
もちろん彼らにも一度たりとも負けなかった。一枚のシールドさえ割らせなかった。
たまに『期待の新星』が出てきても結局は『お決まりの顔ぶれ』の中に連なることになった。

目標にしてきたことなのに、いざ『最強』と言われてもちっともピンと来ない。
当たり前だ、と白凰は思う。
勝舞がいないと、白凰は永遠に、彼の望んだ意味での『最強』にはなれない。

千の勝ちを帳消しにする『負け』があって、一万の勝ちでも埋められない、ただ一度の『勝ち』がある。

普段誰にどれほど勝って天才と呼ばれても、肝心な時に白凰はいつも力及ばなかった。
すべてを懸けて、今度こそ助けになりたいという願いは叶えられないまま、何度も、自分の命よりも大切な親友独りに全世界の命運を背負わせてしまった。
勝舞はザキラからもアダムからも世界を守り、決闘を守った。
ザキラを許しアダムを許し、何度でも白凰を許し、助けてくれた。

本当の意味で同じ地平に立てたことはなかった。
借りをひとつも返せないまま勝舞がいなくなってしまって、勝舞のおかげで今も続いて成り立っている勝舞がいないこの世界で、 勝舞以外の誰に何回勝って、何人から最強と呼ばれようとも、意味や価値などあるはずがない。
勝舞がいない世界における『最強』など、不在の首位と次元をはるかに隔てたところにある次位でしかない。
勝舞がいなくなって、勝舞のいない世界でそれでも次位の『最強』を目指してひた走り、持てるすべてを決闘に傾けた。
世界にはやはり勝舞よりも白凰よりも強い者は星の数ほどいて、強豪攻略に全力を尽くした。

しかし今はもう追われるばかりで、白凰の『最強の座』を脅かすような新人も今のところ出てこない。
大会自体も事実上優勝杯の防衛戦のようになって、ただ連勝記録や賞金額の記録を塗り替える作業のようだった。

世界中何度も回ったのに、今になっても勝舞は現れない。
世界中で決闘をたくさんすればそのどこかで勝舞に会えるんじゃないかと、そうでなくても名前を上げれば世界のどこにいても勝舞に届いて、彼が現れてくれることを期待していた。

でも、勝舞はまだ現れない。

勝舞くん。君がいないと、もうこれ以上前に進めない。

勝舞が姿を消してから、もうすぐ四年になろうとしている。



俗称を得ても肝心の腕が衰えて『最強』でなくなってしまっては意味がないので参加し続けているが、大会もまったくつまらなくなって、ちょうどそのころゴブリンに大学進学について訊かれた。
もうがむしゃらに決闘したいわけではなかったけれど、大学で研究したいようなことは何もない。
幸いに賞金額はけっこうなことになっていたから漠然と、高校を卒業したら勝舞の父、切札勝利のように今よりももっと高校生の足では行けなかった世界中のあちこちを回るのもいいなと思ってそう言ったら、またゴブリンに泣かれて、受験することになった。
勉強をしなくてはならないし、一時休戦、決闘に傾ける時間を少し減らすことにした。

そういうわけで数年ぶりに白凰は日常に長く留まっていた。
四年前のあの時以来投げっぱなしにしていた神殿にも顔を出し(ものすごく大規模になっていて驚いた)、ずっと疎遠になっていたミミや三国、愛善たちと時々会うようになった。ミミに会えば天地にも会えた。
ゴブリンやミミたちの、自分に寄せられた心配や好意を拒絶し、ただ自分のためだけに生きてきた、振り返れば我ながらどうしようもない四年間だったが、久しぶりに会ってもみんなは白凰にやさしかった。
見捨てることなく白凰の帰るべき居場所を空けて守って待っていてくれた。

『おかえり』。そのかけがえのなさが今ならわかる。

思えば決闘を続けているのは、そうでないと腕が衰えてしまうという以前に、決闘をしていないと勝舞との絆が遠ざかってしまうからだ。
白凰と勝舞は決闘でつながっている。
自分が諦めれば勝舞の『帰る場所』がなくなる気がして、それが嫌だった。
四年のうちに、今こそ諦めるべきなのかと迷うことは何度もあった。
それでもどうしても諦めきれなくて今日まできた。
それは間違いではなかったと、自分が迎えられてあらためて思った。

前進できなくてもいい。同じ場所で足踏みしているだけだとしても、つまらなくてもいいのだ。
互いを強くする、心から楽しい決闘は、勝舞とすることだから。

四年間の旅は白凰を勝舞と再会させてはくれなかったが、白凰とWの関係を良好にした。
白凰が疲れた時はWに、Wが飽きたら白凰に、というある種の二人三脚を繰り返しているうちに垣根がずっと低くなった。
白凰の時は結っている髪をWの時は下ろしているという不文律があったが、今では髪を下ろしていても白凰、結っていてもW、ということも多くなった。
今日は数年ぶりにれく太に会う。彼は元気だろうか。
ミミと待ち合わせして行き、天地が来た。

そして、



***



「ねえ。ボス知ってる?」
「ん?何を?」

ここはとある南の島。
のんびりとした田舎の小さな島で、少人数の島民が静かに暮らしている。
『ボス』と呼ばれる彼はアジア人らしい少年。
彼は数年前にこの島に、自分が誰なのかさえわからない記憶喪失の状態で漂着した。余所者だったが根は善良でやさしく、決闘がとても強かった。
島にもすぐに馴染み、子どもたちのリーダーのような存在になった。

「この前世界じゅうから強い決闘者がいっぱい集まるおっきな大会があったんだって」
「ああ、そうらしいな」
豊かな海のおかげで食べていくのには困らなくても、同じく田舎である最寄の陸との唯一のつながりである定期船も週に1便の、決して裕福ではないこの田舎の島にとって、外国の大会は憧れはあっても遠い世界の話である。
「そこで前と同じ人が優勝したらしいよ。その人、その前もその前も、ずーっと優勝してるんだって!」
「へぇ、そりゃすごいな!」
「なんていう名前だったかなあ……えーっと、…ハク…、
…そう、ハクオーだ!」

ハクオー。

その名前を聞いた瞬間、彼の全身を電流が駆け抜けた。

「?ボス?どうしたの?」
「え?あ、ああ。なんでもない…」

なんなのだろう。
胸の高鳴りが止まらない。
自分はその名前をとてもよく知っている気がする。

ハクオー。
はくおう。

昂ぶる気持ちを落ち着けようと大きく息を吐いて、抜けるように青い空を眺めた。
白い鳥が悠々と渡っていく。その翼が何かに重なった。

――…くん

誰かが自分を呼んだ気がした。

「ホントにヘンだよボス。大丈夫?」
「あ……ああ、大丈夫だ。心配すんな」
子どもの髪をくしゃくしゃと撫でると、彼は安心したように笑った。
「『はくおう』か…決闘してみたいな」
声に出すとますます鼓動が高鳴った。血が沸きそうだ。
会ってみたい。はくおうに。
心からそう思った。
「ボスならきっと勝てるよ!」
「そうだな。いつかは世界のでっかい大会に出るんだ。オレは絶対負けないぞ。手始めに今日の決闘大会も絶対優勝だ」
今日は島の決闘大会の日。
世界の大会とは比べるべくもないが楽しくて、毎回白熱したいい大会になる。
その前に、今日の晩メシ獲ってこなきゃな。少年は脇に置いた釣具を持って立ち上がる。
「ボスー!大会までには戻ってきてよね!」
「ああ!」

週一度の舟に乗ってこの島に少年と同じくアジア人風の、少年にどこか似ている男がやって来たのは、『ボス』が釣りに出かけてしばらくしてからだった。









*


この後勝舞と再会して決闘して、勝舞ぜんぶ思い出したけどかたやのんびり田舎暮らし、かたや才能のすべてを懸けた求道一直線でものっすごい実力差が開いてしまい、勝舞がケチョンケチョンにされる(島っぽい(外界とあまり接触がなさそうな)ところにいたし、勝舞は才能はあるのにすぐにサボることをよく白凰に指摘されてましたし、充分ありえると思う)あたりまで妄想は続くんですが、もういいかと思いました。
どんなに差が開いても白凰はやっぱり勝舞との決闘が一番楽しくて熱くなるそうです。
勝舞も負けず嫌いに火がついて熱くなり、もっと決闘したいけど島に残してきた子どもたちのことがあるから(ボスは身寄りのない子らのリーダーのイメージ)すぐに日本へ帰れなくて、『じゃあ僕がいっしょに行くよ』とか言い出すのもアリかなとか。事実婚ですねわかります。
またゴブリンとモメますね…。
そして落ち着いたら今度こそ世界大会開催すればいいじゃん!!!
決勝戦はさながら勝舞と白凰の結婚式みたいでしたって感じでいいと思います。

……本のあとがきより。
これはそのへんの妄想を描いたものです。
『V』では勝舞くんはすべての記憶を思い出さないまま『VS』が終わるころになっても自分探しの旅を続けている?らしいので、 『SX』最終回ラストシーン直後に白凰と再会して記憶を取り戻すというのは完全にパラレルになってしまいましたね。
最初にも書きましたがこの話を書いていたときにはまだ『SX』最終巻が出ていなかったのでホント好き勝手書いてました。
脱稿した後?で発売された最終巻を読んだら書き下ろし分が今から世界大会開催される感じで勝舞と白凰がいっしょにいるシーンが描かれていてそれはもう大喜びでした。
勝舞くんはいつかは自分探しの旅を終えて『SX』最終巻ラストシーンにつながっていくのでしょう。…と思いたいです。









inserted by FC2 system